2012年01月11日

聖ニコラウス師団 インバニスタン派遣部隊資料

子供たちの健やかなる笑顔が 永遠に続くことを祈って
―――ストックホルムの聖ニコラウス師団 戦没者慰霊碑の言葉


今回は
聖ニコラウス師団インバニスタン派遣部隊について
写真を混じえて解説していきたいと思う。

※閲覧中に気分が悪くなったら
ただちに閲覧を中止し、まともな文化に触れてください。


2011年にインバニスタンに派遣されたのは
第三旅団の第七航空騎兵中隊を中心に
第二旅団と第一旅団
それに師団からも司令部直轄部隊が派遣され
大幅な戦力の増強が図られた。


これは前年度に当地域において
一個中隊が全滅するという損害を出したため、
師団司令部もこの地域における注意を高めていたためである。


こちらは第二旅団(北米)より派遣された隊員

第二旅団はNORADから追跡されたり、
アメリカ・カナダ国境を無断越境して空軍のスクランブルを引き起こすなど、
何かと『お騒がせ者』として名高い部隊である。


合衆国海兵隊からも支援のために部隊が送られてきた。

注目すべきは、これらの部隊は聖ニコラウス師団の指揮下にあるのではなく
同師団の支援を行うように
上層部(この場合は在日米軍の司令部)から命令を受けた部隊であるという点である。

故に、彼らに命令できるのは海兵隊の司令部のみであり
聖ニコラウス師団からの命令は受けない事になっている。

第三旅団の支援を行うのは通常、日本国の自衛隊であるが
今回は海兵隊がその任を受けた。
ここからも、師団司令部が同地域を重要視していた背景が伺える。


こちらは第一旅団(欧州)から派遣された隊員

彼らは第一旅団の中でも極北大隊の所属らしく
基本的にはロシアを中心に活動している。

強襲突入の猛訓練を積んでおり「ドアノッカー」の異名で知られ
同時に師団内においても、特に寒冷地での作戦に強い部隊として知られる。


「おい兄弟、日本では壁を爆破してはいけないそうだぞ」
「なんだと?それではどうやって建物に突入すればいいのだ?」
「ドアか窓から入るそうだ」
「正気じゃないな・・・」


続いてはレインディア・フォース(トナカイ部隊)の隊員である。

かつては文字通りソリを引く部隊であったが、
時代の流れからヘリコプターや装甲車を装備するようになった。
名義上、サンタが乗る物は戦車でも輸送機でも
全てトナカイが操縦する事になっている。




近年は活動の幅を広げ
サンタクロースに対し目標の指示・誘導
航空支援などの火力を誘導する任務も請け負っている。
最も近い言い方をするなら、空軍特殊部隊と任務の性質が似ている。

遠距離から攻撃目標を監視するレインディア・フォース
彼らの誘導で航空隊は目標を的確に攻撃できる。


※しかし、サンタクロースの中にも目標監視を任務とする隊員がいるので
必ずしもレインディアが行うわけではない。
また装甲車の操縦や、ヘリの操縦を自ら行うサンタクロースも少なくなく、
これに関してもレインディアの専売特許では無い。

今回、第三旅団 第七航空騎兵中隊に派遣された中で、
もっとも強力と言われていたのが彼ら、TF141である。


世界中から選び抜かれた、精鋭の兵士で編成される特殊部隊であり
当初から大きな期待が寄せられていた。

日本で活動する事を考慮して『吹き替え版』から来てくれたゴースト
(日本語が話せる)



素性を隠すために、スカルバラクラバで顔を隠している事からその異名がついた。
風呂場で全裸になってもバラクラバを取らなかった、という目撃情報もあるほどで
機密保持は徹底しているようだ。


同じくTF141から派遣され、レインディア・フォースに編入されたローチ(右)

作戦開始と同時にミスドロップで行方不明となり
サンタを誘導するはずが、逆にサンタに捜索される事になった。
司令部で報告を聞いたマクタビッシュ大尉曰く
「やっぱりか・・・」


増強されたのは何も選抜隊員だけではない。
今年になって日本から入隊した新隊員も、この派遣部隊に参加していた。

しかし途中で離反者が出た際の戦闘と、
その後の旅団直轄部隊からの無差別攻撃によって
経験の少ない新隊員の多くはほとんどが犠牲となった。



最後に師団直轄部隊について説明しよう。
今回の作戦で師団司令部から第三旅団に派遣された部隊
近接火力支援部隊、コールサイン「ファイヤードラゴン」




ミニガンなどの大火力を、航空機ではなく地上で運用する部隊。
航空機やソリに比べて、よりサンタクロースに近い位置で支援に加われるので、
大きな戦力になると期待された。
戦闘の焦点に投入するため、旅団司令部の直轄部隊として活動した。

しかし皮肉にも彼らの一番の仕事は離反者への攻撃であり、
かつての同胞たちに銃を向けることとなった。
それも旅団司令部からの命令で、周辺にいる味方を巻き込みつつの射撃となった。


第三旅団はこの戦い、およびインバニスタン派遣部隊に関する詳細な情報は
一般には公開していない。
なので上記の部隊紹介も全体の一部でしかない。

現在となっては戦死者の誰が離反者だったのか定かではない、
また離反して生存したサンタも少なからずいるらしいが、彼らの行く先も不明である。

多くの謎と共に彼らは今年も去っていった。
今後も可能な限り彼らについての情報を集めて行きたいと思う。

情報を提供してくれた関係者各位に感謝をささげる。



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Posted by ミリタリー研究会  at 17:37 │Comments(0)小松

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