2012年03月24日

三八式弾盒

あと数時間後には大学生じゃなくなります
どうも小松です。

今回は三八式弾盒について簡単にレビューしてみたいと思います。




以前にもちょろっと触れましたが

日本軍の弾薬ポーチは前盒二つ、後盒一つで成っています。
前盒には三十発ずつ、後盒には六十発で
合計百二十発が携行できます。

他国に比べてずいぶん多いですが
これは日本軍が火力を重視していたのと、
補給が届かない場合に備えて、兵士の携行弾数を増やした結果ですね。


すでに持っている九九式弾盒と比べてみましょう。

・・・ええ、だいぶ違いますね
色が
まぁミンクオイルを塗って手入れをしたほか、
泥とか
雪とか
俺の汗とか

そういうものが滲みこんでこんな色になりました。




近くで見てもいろいろ違いますねぇ・・・。


早速オイルを塗ってみました。

左が塗る前、右が塗ったあとですね。
同じ品なのにここまで差が出るとは驚きです。そして楽しい(・∀・)イエァー


九九式の方と並べてみました。

いずれはこうなるのか・・・。


あとは型くずれを防ぐために新聞紙を詰め込んでます。

注)あくまで形が崩れない程度に入れましょう。
ガチガチに詰め込むと伏せたときに弾盒が腹に食い込みます。


ところで写真を撮影してるときに気が付いたのですが・・・。

なぜか三八式弾盒の方が大きい・・・?

三八式は6.5ミリ弾で、九九式は7.7ミリ弾だから
普通に考えると九九式弾盒の方が大きくなるはずなんですけどねぇ
どういうわけなんでしょう?

後々三八式歩兵銃を持っている兵士にも
九九式弾盒が支給されたという話も聞きますが、いかんせん未確認情報です。
大きさはこれで足りてたんでしょうか?


じっくり見てみると糸で縫う箇所も九九式の方は減っていますね。
やはり工作点数を減らすためでしょう。

九九式の生産が始まったのは1941年頃だったと思います。
太平洋戦争が始まった年ですね。

南方での戦争は始まったばかりでしたが、
中国を相手にした大陸での戦争はもう泥沼化してる時期ですね。

すでにこの数年前から陸軍は兵力・物資ともに不足気味になっています。
予備役は片っ端から召集令状を受け取っていますし、
代用品の使用もぼちぼち増えはじめている時期です。

そんな時期に作られたのでこのような省力モデルになっているのでしょうね。


日本の戦争と言うと海軍中心の太平洋戦争を連想しがちですが
陸軍中心の大陸戦線をじっくり見ると、また違った印象を感じますね。
まぁ自分は素人なのでよくわかりません
興味がある人は調べてみるといいかもしれないですね。
じゃあね~





タグ :日本軍装備

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Posted by ミリタリー研究会  at 11:37 │Comments(1)小松

この記事へのコメント
三八式と九九式とついているのは中田商店独自の呼称で、厳密には三八式が「三十年式弾薬盒前期型」、九九式が「三十年式弾薬盒後期型」になります

具体的な更新時期はわかりませんが、戦中は両方共に終戦まで使われたようです
Posted by MAS at 2012年06月01日 00:53
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